第16回 高天原を理解する2つの鍵(下)(天地初発から天之御中主神まで⑯)
[今回の内容]高天原は、天之御中主神とセットで語られることで『古事記』のコスモロジーを豊かに定義づけています。そして、高天原をさらに理解するために、2つの鍵が存在します。1つは、『日本書紀』本文には採用されていないこと。もう1つは、イザナキ・イザナミの誕生までの舞台であることです。(全2回の2)
[原文1-2](再掲)
[書き下し1-2](再掲)
[註解1-2-5]は前回です。こちら↓
第15回 高天原を理解する2つの鍵(上)(天地初発から天之御中主神まで⑮) - 『古事記』を読む
[註解1-2-6]高天原を理解するふたつめの鍵 イザナキ・イザナミの誕生までの舞台
天地初発の時、高天原に天之御中主神(あめのみなかぬしの神)が誕生しました。
『古事記』の冒頭の一文「天地初発之時於高天原成神名天之御中主神」(あめつち初めてあらはしし時、 高天原(たかあまのはら)に成りませる神の名は、天之御中主神(あめのみなかぬしの神)。)は、以下「次、高御産巣日神(たかみむすひの神)。次、神産巣日神(かみむすひの神)。」と続きます。
「天地初発の時」という時制と、「高天原に」という場所は、「次」、「次」と継続していきます。
「天地初発の時」という時制は、神産巣日神(かみむすひの神)の誕生までで、その次の神の誕生からは「国稚如浮脂而久羅下那州多陀用弊流之時」(国わかくして浮ける脂のごとくしてクラゲなすただよえる時」に時制が移りますが、「高天原に」という場所は継続します。
どこまで継続するかといえば、伊耶那岐神(いざなきの神)と伊耶那美神(いざなみの神)の誕生までです。広く知られているように、伊耶那岐神(いざなきの神)と伊耶那美神(いざなみの神)は、天のヌホコを用いて造った淤能碁呂嶋(おのごろしま)に降り立って国生みをします。
つまり、神々の列挙で語られる『古事記』冒頭の物語は、全て高天原を舞台にしています。そこに全部で17柱の神々が連続して誕生します。これが『古事記』の冒頭部分です。
『古事記』の冒頭は、明確な構造を取っています。全部で17のセンテンス(書き下し文にしたときに一つの文章となる箇所で区切ったものを1センテンスとしています)で構成されています。一文ごとに①から⑰まで項番を付し、神名を太字で表記し、いくつか神名が列挙されたあとに付されるそれらを総括する一文(下線を付した④⑦⑧⑪⑰)を段落の区切りとして、空行を入れてまとめると次のようになります。
①天地初発之時於高天原成神名天之御中主神
②次高御産巣日神
③次神産巣日神
④此三柱神者並独神成坐而隠身也
⑤次国稚如浮脂而久羅下那州多陀用弊流之時 如葦牙因萌騰之物而成神名宇摩志阿斯可備比古遅神
⑥次天之常立神
⑦此二柱神亦独神成坐而隠身也
⑧上件五柱神者別天神
⑨次成神名国之常立神
⑩次豊雲野神
⑪此二柱神亦独神成坐而隠身也
⑫次成神名宇比地邇神次妹須比智邇神
⑬次角杙神次妹活杙神
⑭次意富斗能地神次妹大斗乃辨神
⑮次於母陀流神次妹阿夜訶志古泥神
⑯次伊耶那岐神次妹伊耶那美神
⑰上件自国之常立神以下伊耶那美神以前并称神世七代
文字を見ただけでも綺麗に構造化されていることがわかります。以下は、書き下し文です。
①天地はじめて発(あら)わしし時に、高天原に成りませる神の名は天之御中主神(あめのみなかぬしの神)
②次に、高御産巣日神(たかみむすひの神)
③次に、神産巣日神(かむむすひの神)
④この三柱の神はみな独神(ひとりがみ)と成り、いまして、身を隠しき
⑤次に、国わかく浮けるあぶらのごとくしてクラゲなすただよえる時に、葦牙(あしかび)のごとく萌えあがれるものによりて成りませる神の名は、宇摩志阿斯可備比古遅神(うましあしかびひこじの神)
⑥次に、天之常立神(あめのとこたちの神)
⑦この二柱の神はまた独神(ひとりがみ)と成り、いまして、身を隠しき
⑧上のくだりの五柱の神は、別天神(ことあまつかみ)
⑨次に成りませる神の名は、国之常立神(くにのとこたちの神)
⑩次に、豊雲野神(とよくものの神)
⑪この二柱の神はまた独神(ひとりがみ)と成り、いまして、身を隠しき
⑫次に成りませる神の名は、宇比地邇神(うひじにの神)。次に妹(いも)須比智邇神(すひちにの神)。
⑬次に、角杙神(つのぐひの神)。次に妹活杙神(いくぐひの神)。
⑭次に、意富斗能地神(おほとのぢの神)。次に、妹大斗乃辨神(おほとのべの神)。
⑮次に、於母陀流神(おもだるの神)。次に、妹阿夜訶志古泥神(あやかしこねの神)。
⑯次に、伊耶那岐神(いざなきの神)。次に、妹伊耶那美神(いざなみの神)。
⑰上の件(くだり)の国之常立神より以下伊耶那美神以前は、并(あわ)せて神世七代(かみよななよ)と称(い)う。
この構造を表にすると次のようになります。
時が2度代わり、二番目の時はさらに神々の呼称としても用いられる区分(神代七代)に分かれています。
少し複雑なので、構造だけを図示すると次のようになります。
この図から、『古事記』の冒頭が語るところは、高天原の推移によって理解すべきであることがわかります。高天原自体が、古事記冒頭を理解するための鍵になっているのです。本稿では、以降、折に触れてこの鍵を使って『古事記』冒頭を開いていきます。